彷徨える魂

昨日今日と読んだ本が素晴らしかったので、
ここに感想を書き残しておく。


一冊目は
上野千鶴子信田さよ子北原みのり、の対談本、
「毒婦たち 東電OLと木嶋佳苗のあいだ」
二冊目は
藤原新也石牟礼道子、のこれまた対談本、
「なみだふるはな」


私的にはどちらも通ずるものを感じたのだけど、
ひとまず一冊づく感想を書き留めておく。


「毒婦たち 東電OLと木嶋佳苗のあいだ」
私はそもそも東電OL殺人事件にとても興味があって、
園子温監督の「恋の罪」や、
佐野眞一さんの「東電OL殺人事件」を読んだりして、
(↑上記本を友人に突然手渡されるという流れがあるのだけど。それはさておき)
発情していたものだ。
そして木嶋佳苗事件に対する発情。
そのうちルポ本を読みたいと思っていたのだけど、
フェミニスト女三人が語る、
この強烈な女二人に対する視線とはどんなものかとおもい、
読んでみた。


やっぱり東電OLも木嶋佳苗も、
社会の歪みが産み出した寄る辺なき子供だと思った。
それは麻原彰晃にも、見沢知廉にも、
感じることができる何かである。
純粋な魂を持つものほど、
殺人や、自殺に追い込まれるものだ。


特に東電OL、木嶋佳苗は、
男性及び男性社会に対する絶望と、
己の女性性への憎悪の現れであるように感じた。
何者にもなれない自分、
何者にもさせてくれない社会への憤り、
そういうものを感じる。
社会に対する女の激しい呪い。
家族という群れへ羨望と失望、
女という生き物の虚しさ、
そういったものを「これでもか」というぐらいに、
見せつけられてしまう。
そして私は彼女達に一種の共鳴が起きる。
彼女達は私がやりきりれない気持ちの、
一部分を凝縮した魂の権化だとおもう。
この世の病みや犯罪は全て、
誰かの代わりのように誰かに噴出する。
一歩間違えたら、
もしかしたら自分だったかもしれない、
と感じることもある。
これは大袈裟ではない。
本当にそう思う。
なので、私は彼女達を定期的に見つめるだろう。
世の女性達の代わりに発狂し、何者かに殺され、
また何人もの男を聖女のように騙し、殺した彼女達を。
それにしても上野千鶴子の頭の堅さには、
ちょっとついていけなかった。
彼女は過去のフェミニズムの産物だとおもった。
今や世界はもっと柔軟だし、バランスよく捉えることができる。
そういうようなことを思った。


「なみだふるはな」
石牟礼道子さんと藤原新也さんの世界に、
私も降りさせて頂くという畏まった気持ちで読んだ。
水俣と福島のあいだ。
結局は歴史は繰り返され、人間は学習しないという事実。
そして人類は滅びゆく運命なのかもしれない、という予感、そして確信。
既に原発は大量に建てられており、
それを処理する方法も定まっておらず、
世界はすでににっちもさっちも行かない状況である、
というのを、まざまざと感じさせて頂いた。
それは日頃、適当に自分の快楽や生活を優先して、
生きてしまっている人間には感知し得ない世界である。
私はこの本に触れたからようやく感知したものの、
触れてなかったらよくわからないままである。
それぐらい、私の中の生き物として持っているはずの野生の本能は、
現代社会の中で弱められ、ほとんど死んでしまっている。
原発事故が起きた当初、
小さい子供をもつ母親たちが、
神経を尖らせてなるべく放射能入っていない食べ物を、
とピリピリしていたけれど、
もはや時すでに遅しで、空気中に蔓延しているし、
こんな世界に産んでしまってごめんなさいと、
子供に土下座して泣いて謝るほかないのではないかと、思った。
しかし、絶望の色が濃くなればなるほど、
人間の心というのは希望を求めるもので、
その希望もどんどん研ぎ澄まされてゆくので、
一体どんなに美しい希望を人間は最後にみるのだろう、
という楽しみのようなものを、
お二人の対談の中から感じた。
私もとことんこの世界の絶望的な状況を味わって、
最後の最後、死ぬ間際にみえる、この世の極楽浄土のようなもの、
見てみたいと思った。
人間にできることはもう、それしか残されていないのではないか、
とも思う。
お二人には本当に目を醒させて頂いた。
この世の人間達が観て見ぬふりをしたり、逃げるときでも、
私はこのお二人が感知している世界を凝視して見続けたいと思った。
なぜなら私の本質的な魂の救いはそこにあるからだ。
時々、適当に皆のように、
色々な犠牲の上にたった、
上っ面だけのこの世の享楽に浮かれるのだろうけど、
芯の部分は冷めている。
きっとそんな風にこれからも暮らすのだろうし、
それでいいのだと思った。
それにしても私はやっぱり、
九州出身の表現者に惹かれる。
そこにある本質を的確に捉えた世界を
素晴らしく愛している。


この二冊を読んで解った事がある。
私は彼、彼女らと同じく魂の放浪者である。
ふわふわと彷徨い、
行き場もなく、
ただ彷徨っている。
そこにある不確かさに、
時折激しい自責の念を抱えつつ、
それでも放浪は続くだろう。
出会った人々の欲望と願望を読み解き、
その望みを叶えたりもするだろう。
いつか還る場所を想いながら。