そこに愛が待つゆえに僕は死ぬように生きていたくはない

というようなことをサラリと言ってみたいものです。
中村一義のように。
さて、今日は突然わからなくなったらどうしよう、
という変な不安がこみあげてきた。
例えば、細野さんの音楽を聴いて、
「これのどこが好きだったんだろう」みたいな。
私の脳に突然異変が起きて、
今まで感じてたものが感じられなくなったりとか、
そういうのが一番怖いなと思う。
ほんとうに無意味な心配なんだけども。
しかし、子供の頃は大人になるって
そういうことだと思っていた。
なぜだか。
今夢中になっていることには次第に関心が薄れ、
いわゆる無味乾燥な人間になるのだろうと、
考えていたし、それが自然な事なんだろうと。
でも全然違っていた。
世の中はもっと素晴らしく、
おもしろい事がたくさんあるところだった。
もちろん、突然なにもかもつまらなくなることもあったし、
これからも時々そうなるかもしれない。
でもそれは、自分が新しい何かを見つけようとする時に
起こるひとつの葛藤のようなものなので、
その時期さえ抜ける事ができれば、
やはりおもしろいものである。
子供の頭で考えて勝手に決め付けてしまうカチカチの人生と、
大人になって自由に感じて受け止める事のできる人生とでは、
随分違う。
自分で自分の居場所を確かめるという事。
その為には、早い内から気付く事が必要なのだけど、
それになかなか気が付かない。
子供は楽をして生きたいと考えるから。
なるべく悩みたくはないと、苦しみを先送りにする。
にっちもさっちも行かなくなってみて初めて、
人はようやく考える。
壁があるから、飛び越えようとする。
ピンチはチャンス。
そんなものなのだろう。