ジョバンニとカムパネルラ
「おっかさんは、ぼくをゆるしてくださるだろうか。」
「僕はおっかさんが、ほんとうに幸いになるなら、
どんなことでもする。けれども、いったいどんなことが、
おっかさんのいちばんの幸いなんだろう。」
「きみのおっかさんは、なんにもひどいことないじゃないの。」
「ぼくわからない。けれども、誰だって、
ほんとうにいいことをしたら、いちばん幸せなんだねえ。
だから、おっかさんは、ぼくをゆるして下さると思う。」
「なにがしあわせかわからないです。
ほんとうにどんなつらいことでもそれがただしいみちを進む中での
できごとなら峠の上りも下りもほんとうの幸福に近づく
一あしずつですから。」
「ああそうです。ただいちばんのさいわいに至るために
いろいろのかなしみもみんなおぼしめしです。」
「カムパネルラ、また僕たち二人きりになったねぇ、
どこまでもどこまでも一緒に行こう。
僕はもうあのさそりのようにほんとうにみんなの幸いのためならば
僕のからだなんか百ぺん灼いてもかまわない。」
「うん。僕だってそうだ。」
「けれどもほんとうのさいわいは一体なんだろう。」
「僕わからない。」
「僕たちしっかりやろうねぇ。」
「僕もうあんな大きな闇の中だってこわくない。
きっとみんなのほんとうのさいわいをさがしに行く。
どこまでもどこまでも僕たち一緒に進んで行こう。」
信仰とか、ゲイジュツとかの、
根っこの話し。
それを宮沢賢治の『銀河鉄道の夜』にみる。