ジガジゴク

漢字に変換すると、『自我地獄』。
複雑だ、難解だ、滑稽だ、と思っていたのは、
自分ではなくて、世の中なのかもしれない。
ちょっと、すぽっと
意識的に現状から抜け出る努力をしてみることにする。
その一環として、
明日は、たくさん人に会いにいくつもり。
ぐるぐる同じ所で回るばかりではなくて、
億劫でも、積極的に人と
会おうとする気持ちを持つことは精神衛生上よいと思われる。
やはり、笙野頼子の小説は、
人を狂わせる何か、奇妙な電磁波のようなものが、
文体から染み出ている。
それは、言葉の意味とか、配列とか、
そういったものを越えた、
念の世界。
強烈な何かを持っている人は、
空間を歪ませるほどの、エネルギーを放つ文章を書く。
書かかずにはおれない、
哀しい性、本能、DNA、霊的なもの。
全部をごった煮にして、
そこに佇む。
最近、自分が嫌なやつだと思って、
ずっと苦しかったのは、やはり、
笙野氏の小説を読んだのが原因である気がしている。
彼女のエネルギーが、ずるっと中に入りこんで来た感じ。
信仰、怨念、執着、傲慢、過信、
色々な、ぐーっと、今にも押し潰されそうな、
圧力を世界に撒き散らし、シュウシュウという、
蒸気が音が今にも聞こえてきそうなほど。
それでも、金毘羅の世界や、感じ方、
自分と他人とこの世に対する眼差しには、
とても共感できるものがある。
そんな風に妄想して、身をよじり、
生き延びるしかない何かを抱えて、
笙野氏は堂々と、その一度限りの生でもって、
この世に、今という時間に、ガリガリと傷を残しながら
生き抜いているようだった。