kumano kodou

自分の足で峠を越えるという行為は、
色々な感覚を蘇らせてくれる。
 
静寂の中にある濃密ななにか。
 
山に自然に存在している、匂い、音、空気、
それらが私全体を包み込み自分の中に眠っている感覚を喚起させる。
 
どんどんと研ぎすまされていく。
 
自然は不親切だ。
単に歩くという行為なのに難しく感じられ、
一歩一歩に特別な意味があることのように迫ってくる。
整備された普段住み慣れた町中では感じることはない世界。
 
最初、勢いよく歩いた。
どんどん勢いをつけてただひたすら闇雲に歩いた。
しばらくすると、きつくなる。
変なところに力が入りすぎて疲れてくるし、
心臓の鼓動がどんどん大きくなって、呼吸も乱れて、
胸が苦しくなって、汗がだらだら出てきて、頭の中も真っ白だ。
自分の体内では劇的な動きがあるのに、
山は至って冷静で無口。黙って人間の様子をみている。
 
なんでもないところで立ち止まり呼吸を整える。
 
「今の私の体力、筋力で、さっきまでのペースのまま、
頂上を目指すのはキツい。もう少しペースを落として登ろう。」
 
そこで私は、私のことを知る。
寸法というか、身の程を知る。
私には私のペースで目指すべきなのだ。
そうしないと、完全に登りきることが出来ない。
途中で具合が悪くなり、リタイアしかねない。
そんなことを考えた。
 
不親切で、愛想のない山道は私にそういうことを教えてくれた。
ちゃんと登りたければ、知恵をしぼって、自分と向き合いながら歩けと。
 
しばらく、なんでもない山の途中でぼんやりとして、
呼吸を整えてから、再び歩き出す。
さっきよりも力強い一歩だ。
ゆっくりと、でもしっかりと、確実に上を目指す。
歩くとは、こんなにも意味があることでやりがいのあることだとは思ってもみなかった。
 
地面に足をのせて踏み込むことに全てを集中させる。
この星のこの世界にいることに集中する。
 
そんなことを考えていると、どんどん何かが逞しくなっている気がした。
世界が今まで認知してなかった部分に繋がっていく気がした。
生きていることがシンプルになっていった。
 
もともと世界は不親切なのだ。
不親切な部分を人間はどんどん住み心地のよい風にカスタマイズしていった。
そしてその中で生きることにした。
すると生き物としての何かが衰えていった。
ふにゃふにゃとした曖昧な生き物の群れとなった。
自然の不親切さに触れるとき、生き物としての何かが喚起する。
その感じが懐かしく、そして嬉しいのだった。
 
また山の不親切さに触れよう。
底知れない不気味さに会いにいこう。
地面にしがみつくみたいにして山の中を歩こう。
その中で見える何かを捕まえにいくのだ。
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