おむかえ

私は人が死んでも泣かない人だと思っていた。


これまでどんな有名人が亡くなろうが、
どんな災害でどれだけ大勢の人が亡くなろうが、
おじいちゃんやおばあちゃんが亡くなろうが、
悲しいことだと思いはするが泣くことはなかった。


私は今回あまりの衝撃に耐えきれず、声を出して驚き、
手はかすかに震え、全身から血の気が引き、自然と涙が溢れでた。
呆然と空を眺め、様々な人たちの心中を思った。


彼はあまりにも完璧すぎたと思った。人として。
そしてあまりにも特別な存在だったと思う。
得てしてそういう人物は若くしてなくなるのがこの世の仕組みだ。
その仕組みに組み込まれてしまったんだ、と私は思っている。


訃報が情報として頭の中に入ってきた瞬間、
なにかとても大切な感覚が、風景が、頭をよぎった。
それは一瞬のことだった。
大事なことは全て一瞬のうちに行われる。
そしてその一瞬は永遠だった。
私が普段日常を送る為に閉じていたフタが無意識のうちに開いた瞬間だった。


私はひとりしきり泣いて、
そしてぼんやりと思っている。
彼がこの世に遺していったものの素晴らしさについて。


彼はきっと笑っている。
自分が亡くなったことに驚いて、悔しい気持ちもあるだろうけど、
まぁしょうがないよな、と頭をかきながら苦笑いしている。
命あるものはいずれ死ぬ。
私も死ぬし君も死ぬ。
先か後か、ただそれだけである。


私はひとしきり泣いて、彼の作品を聴いていたら、
穏やかな気持ちになってきた。
やっぱり居なくなったけど、居るんだと思う。
話しをしたり、触れたりする事は出来ないけれど確かに漂っているのだ。
空気中に紛れ込んでいる。
溶け込んで、細かな粒子となって、そこにある。
彼はもう彼が遺した音楽そのものになったのだ。


きっと全ての芸術家がそうなっていくのだろう。
再び出会えるというだけで、有り難くて拝みたくなるような奇跡のようなことなのかもしれない。