さなぎの夜

人にはなんでもないことかもしれないが、
見る人が見ると、とんでもない事をもたらされる、
というのがある。


傷つくというか、安らぐというか、
そういうものが同時に二つ落ちてきた。
その二つは反発し合い、やがて混ざり合い、奇妙な心の景色を見せた。
「彼はたくさんの女性たちに愛されているし、愛され続けるのだろう」
という確信めいた予感がふってくる。
そして私はどのような立場で彼と接すれば美しいのだろうか、
という煩悶に陥る。
彼が昔、私に全力で投げかけた世界を、
私はどのように受け止めればよかったのかをずっと考えあぐねいていた。
そのまま受け取ってぐちゃぐちゃになってみたり、
距離をおいてみたり、違う誰かのもとに行ってみたりして、
自分の気持ちを確かめていた。
それは私の生き方のやり方の基本だ。
わざと違う方をとる。それでも戻りたくなったら戻る。
そんなことを繰り返しているように思う。
そして私は中途半端に田舎で生きている女だ。
大勢と交流することが苦手で、家族にいいようにされることを、
よしとするような、甘くてダラしがない女だ。
それでも悶々とするなにかがあり、それを人知れず言葉で吐き出してるような、
そんなどうしようもない女なのだ。
それでも私はここに居て、
世界を眺め、世界に反応し、呼吸して暮らしている。
絶対にこの場を離れる事ができないこともわかっている。
そのような状況で、そのような環境が私を取り囲んでいる。
それが恨めしいと思う事もあるが、しかしこの状況だけは抜け出せない。
抜け出せた所で他に居場所は無い。
そんな中で何が出来るだろうと考える日々だ。


彼は私にひとつの世界を与えた。
それは重要な何かだ。
もちろんそれを受け取らないで無視することだって出来た。
今の今まで引っ張らないで、途中で投げ出す事だって出来た。
それでもそれがどうしても出来ないのは、何か私という曖昧な存在を判明させるための、
重要な鍵があったからに違いないと、今なら思える。


人は夢を見続ける。
次から次へと島を渡り歩いて、自分を確認するみたいにどこかへ向う。
私はただ成長したいと思っている。
大きな世界を掴み、その中で自由に遊びたいと思っている。
誰も傷つかず、傷つかせず、ふわふわと漂いたいと思っている。
そしてそれを自分の芯からそう信じたいと考えている。
ありとあらゆる宗教を凌駕する、絶対的なリアリティのある世界を構築して、
自由に行き来したいと考えている。


私はベッドに横になりさなぎのように眠った。
その間ありとあらゆる感覚が私の体中を駆け巡った。
「本当にさなぎなのだ」と思った。
29年間未だにさなぎのままでいて、
これから脱皮するかどうかもわからないままで、
悶々と生きてるさなぎ。
とにかく大きな気持ちで世界を眺め、受け止めたいと思っていて、
そのような世界を構築したいと考えていて、
そしてそれは誰でもない私自身の魂を救うのだとそう確信したのだった。