暗闇の中でじっと待つ

これから厳しい冬だというのに、
先月チューリップの球根を植えたプランターから緑の芽がちょこんと顔を覗かせている。
その健気な様子がかわいくて愛おしい。


心がそわそわしている。
私はいつもそわそわしていて落ち着きが無い。
ああでもないこうでもないと頭をうんうん悩ませて、
時々、うわー、っと叫んでみたくなったり、
そっかぁ、そうだよな、と納得してみたりする。
でも次の瞬間には全部忘れている。
そんなことを繰り返しながら生きている。


もう少し大人になったら、
もっとたくさんのことが解るだろうか。
たくさんのことが解ったら落ち着けるだろうか。
みんなのことを理解して愛せるだろうか。
私は私の定位置を見つけて、街の一部分の風景として、
すっぽりと暮らしてゆけるだろうか。
そんなことを思っていた。
いや、それはまったくの嘘で、
パソコンで真っ白な画面に言葉を打ち込んでいるうちに、
勝手に出てきた想いだ。


最近死ぬときのことを考えている。
私はどんな気持ちでこの世を去るだろう。
どんな気持ちで去ること重要だろう。
そんなことを考えることでしか、
心の安寧がもたらされなくなってしまっている。
私はどうかしている。
激しく揺さぶられ、よくわからない気持ちになっている。
それらの全てが私の執着から産み出されていることが解る。
私は美しいものを与えられ、それが私を置いてどこかに去る予感があると、
どうしようもなく醜い気持ちが自分の中から湧いてくるのがわかる。
この世で一番醜くて愚かで卑屈な自分がどんどん湧いてくるのだ。
悪魔か化け物みたいに私を支配していく。
本当に化け物に変わってしまう前にその気持ちをどうにかしたくて、
焦っている。
考えないようにするとか、もっと違う視点で眺めてみるとか、
達観してみるとか、試行錯誤を繰り返すうちに忘れる。
忘れてしばらくすると、亡霊みたいにまた悪魔はやってくる。
暇だからいけないのだと、自分の暇さを恨み妬み、
見当違いの闘いを幾度となく繰り返したのちに、
いつの間にか夜になり、へとへとになってベッドに潜り込み眠る。


しばらく時間が経てば解決するだろう、
というのも解っている。
時間は最大の癒しだ。
物事を変化させる。善くも悪くも。
変化すればまた違う心持ちになる。
その瞬間が訪れるのを暗闇の中でじっと待っている。