魔女の森

森の中で魔女が暮らしていました。
魔女は猫と暮らしていました。
庭にはときどき、鹿や狸や猪がやってきて、
魔女に森の情報を教えるのでした。
「あそこにおいしいキノコが生えているよ」
「あの木の実は食べごろだよ」
そんな風にして食べ物の在処を動物たちに教えてもらって、
魔女は森の中で暮らしていたのでした。
魔女はカラスやフクロウ、山鳩とも話しをすることが出来ました。
町の情報は彼らが教えてくれます。
「道具屋の長男は風邪で寝込んでいるみたいだよ」
「今、お祭りの準備で町中大忙しだよ」
そんな風にして、魔女は森の中で暮らしていたのですが、
ちっとも寂しくありませんでした。
そもそも、魔女は産まれてこのかた、寂しいと感じた事はありません。
魔女はありとあらゆるものに祝福されていることを、
いつも実感していました。
魔女は知りたいことは、なんでも知ることができました。
不思議なくらいにするするとよくわかるのです。
よくわかってしまうからこそ、町での暮らしはできませんでした。
町の人々は色々な感情を隠し持っていて、
それを誰にも悟られないように、表面を取り繕って暮らしていて、
魔女はそれさえもわかってしまうのでした。
魔女は人間を心の底から信用する事ができず、
仕方がなく町を離れ、森の中で暮らすようになりました。
森の生き物たちは、
「魔女がきた、魔女がきたよ」
と、まるで遠い昔に家出したお母さんが戻って来たみたいに喜びました。
魔女は歓迎されている事がよくわかったので、
それをとても嬉しく思いました。
森の水はおいしく、木々の葉っぱの隙間からこぼれ落ちる日の光は美しく、
魔女はふわふわとした日々を何十年も森の中で暮らしました。
魔女も老婆になり死が近づきました。
魔女は森で一番長く生きている大きな樹の根っこのところに横たわりました。
魔女はもう死がすぐそこまで来ていること知っていました。
落ち着いて、ゆっくりと目を閉じ、樹の養分になるように祈りながら、
魂が、見事に、するりと、肉体から抜けていきました。
それは、この世で一番美しい死でした。
そしてどこにでもある、ありふれた死でした。
魂の脱け殻は雨に打たれ、風にふかれ、腐敗し、蛆がわき、
カラスがついばみ、オオカミが骨までくらい、
森の生き物達の栄養となっていきました。
魔女はそんな風にして消えて、またどこかで生きているのでした。