まどろむ世界

酒場がけっこう好きだ。
酔っぱらった人達が、
ペラペラと勝手気ままに自分を解放して、
楽しそうに喋ってる様子を眺めるのが好きだ。
ということを思い出した。


学生の頃、神保町のイタリアンのお店でアルバイトしていた。
カウンターがあって、バーテンさんが居るお店だったのだけど、
その人の接客をいつも惚れ惚れと眺めていたことを思い出した。
テルマンの経験もあるその人は、
動きもいちいち美しかった。
それでいて、常にお客さんを楽しませようと企んでいて、
かといって、全ての人に無理矢理入り込んでいく訳でもなく、
きちんとお客さんをみて、さりげない自己主張をして、
行けそうな人にはどんどん行って盛り上げていくタイプの人だった。
私とそう変わらない年齢の人だったけど、
奥さんが居て、子供も居て、
でも、ロマンチストで惚れっぽい人なので、
浮気はいつも誰かしらとしていた。
確実にモテるタイプの人だった。
人がモテていて、何度目かの恋にハマって、
なにやら揉めている話しを聴くのは好きだった。
単純におもしろかった。
当事者ではないとはなんて楽なことだろう。
バイトの帰りに「一杯やってく?」と言って、
終電までお店の近くのバーに行ってお酒を驕ってもらって、
そういう話しを聞いていた。
接客がとても上手な人だったから、
六本木とか銀座とかの色々なお店に引き抜かれていったらしい。
あの人は今どうしているだろう。
都会のどこにでもある光景だったのかもしれないけれど
大学生時代の貴重な風景としてそこにある。


私はあの空気感が好きだった。
最近友達がオープンさせたスペイン式パルのカウンターに立たせてもらって、
そのことを、ぐーんと、思い出した。
お酒を飲んで、頭がいい感じに回って、
おもしろいことをとめどなく言いまくっている人が居て、
「ああ、酔っぱらいって楽しいなー」と思う。
大人が、酒場にやってくるには、意味がある。
くたくたになるまで働いてから飲むお酒のおいしさというのは確実にある。
そこに、気心の知れない仲間や、おいしいお酒と料理や、
すっ、とした佇まいの人がさりげなくカウンターに居て、
時折相づちを打ってくれたりしたら、
それだけでまた明日から日々がうまく回転していく。
根拠なくそう思わせてくれる場所が人には必要なのだと思う。
だから人は酒場に夜な夜な集まってくる。


その場の一部分として、
溶け込んで、ほどよく、言葉を発すること。
激しく主張するわけでもなく、
寡黙すぎることもなく、
人に合わせて自分を変幻自在に調整する人。
あのバーテンさんはそういうバランス感覚を、
存在で示してくれた人だった。


「生きる事はまどろむ事」
お酒みたいに人の隙間にぐにゃぐにゃと入っていく人。
帰り道になんとなく「ああ、なんかいい夜だったな。」と、感じたり、
人生がいつの間にか「ふっ」と軽くなっていたり。
そういう夜をさりげなく産み出せる場所が、
いい酒場なんだろう思う。